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「父の日おめでとう」と子ども達から、それぞれの思いを込めたプレゼントがあった。
子ども達から、このようなプレゼントを受けた記憶がなかったので(あったかもしれないが?)嬉しさとともに、複雑な気持ちである。
一般的には、母の日が定着している中にあって、父の日は影が薄い様に思えるだけに、面目躍如という所か。
どんなことでもそうだが、感謝し、祝ってくれる(義理でも)ことは嬉しいものである。
さて、話は変わるが高知県も少子化対策が重要な課題の一つとなっている。いかに子どもを生み育てやすい環境づくりを図っていくかが、今、問われている。
先日、新聞のコラムには「子どもに対する気になる親のしかり方」との見出しで、次のような記事が掲載された。
『子どもが悪さをした時、一緒にいる親が〔〇〇さんに怒られるよ〕という。これでは、“しかられた”子どもは〔怒られるから〕してはいけないと思うだけで、自身の行いの善悪については学習しない。そのように育てられた子ども達が、〔見つからなければ〕〔捕まらなければ〕何をしてもいいと考える大人になるのも無理はない。』とあった。
これは、しかる側の大人に「善悪の基準」があいまいなことも要因にあると思うし、今、社会の教育力の復権が言われている時だけに、自戒の念さえ感じる内容と言える。
東京のある学校の入学式で、創立者が新入生に対して“人間として7つの基本”を訴えている。
それは、「うそをついてはいけない」「人の物を盗んではいけない」「暴力は絶対にいけない」「絶対に人を殺してはいけない」「貧乏は誇り」「学ばずは卑し」「やきもちを焼くな」である。
だれもが身につけるべき人間としての基本。
未来を託す子ども達に必要なのは、無責任な押しつけではなく大人が自ら手本を示すことが、最高の教育環境を作ることになるのではないか。
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